地元の海と自分

2014.02.03

4歳の頃(幼稚園の年中から年長になる春に越して来た記憶がある)から18歳まで三重県津市白塚町で育った。

自分にとっての故郷。漁港がある小さな漁師町。小学校の同級生のお父さんは漁師、建設関係の人が多かった。

自宅から東へ10分も歩けば海がある。ただ、地元の海の水は決してきれいではなく砂浜にはゴミも多い。漁師町で水産加工場も多いから魚臭い。

漁港では漁師がそれぞれに船に大漁旗を掲げる

漁港では漁師がそれぞれに船に大漁旗を掲げる

 

それでも、年齢を重ねるほどに地元の海と自分との繋がりは深まっている。気持ちを整理したいとき、人生の岐路になる決心をするとき自然と足を運んでいた。

リゾート地にあるような美しい海よりも地元の海を眺めながら考える方が自分のオリジナリティを生み出すことができる感じ。今という社会の横軸の自分だけでなく、時間という過去と未来の縦軸の自分も交わらせて考えられるからだろうか。

 

2014年3月11日で東日本大震災から丸3年を迎える。被災地の人たちは「風化」と「風評」に苦しんでいるらしい。自分も無関心ではないが、当時より関心が薄れている。結局のところ自分ごとにはできない。自分のことで精一杯。

でも、地震や津波や原発でそれぞれの「地元の海」だけでなく、大切な人を亡くした人たちがたくさんいる。東北だけでなく、自分のすぐ近くにもいるかもしれない。今も仮設住宅に27万人が暮らす。たくさんの人が支援を必要としていることは簡単に想像できる。

 

こんな活動をする若者とそれを支える大人たちもいる。このやり方がどうかでなく、リーダーは覚悟を決めて行動していることに共感する。

助け合いジャパン代表の野田祐機さんの訴えはこちら。

 

自分の中に矛盾はたくさんある。

だけど、バロックは直接には会わないことが多い消費者や生活者やクライアント関係者に、クリエイティブやデザインで課題を解決していく会社。そして、阪神大震災を経験した大阪に本社を構え、東日本大震災の影響を受けた東京に支社を持つ。曲がりなりにもそこに所属する自分。自分なりにやるべきだと思うことを自分の責任で行動していくしかない。

こんなことを正月に考えさせてくれた、地元の海だった。

text by shinkai

バロックとピンクリボン運動

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